学びの原点としての遊び

これまでに多くの中学生・高校生に接してきて、進路選択にあたり、やりたいことが見つからないという生徒があまりに多いように感じます。

年齢が低いこともあり進路のイメージが湧かないのはよく理解できます。ところが、今時点において「興味のある物事すら無い」というケースも多々あり、その度に少し残念な気持ちになります。そういう会話では、たいていの出てくるのは「強いて言えばゲーム」という回答です。この残念な気持ちというのは、「生きていますか!?」という私の心の声です。私からすればそれはとても不自然なことであり、心身共に健全であれば「やりたいとを1つに絞るのが難しい」という状態が自然だと思います。

では、どうすれば好奇心が生まれるのでしょうか。それは、幼児期から学童期にかけての「遊びの質と量」が大きな要素になると思います。中学校に入る前に、思いっきり遊ぶ経験を十分にしておく必要があります。勉強も大事ですが、幼少期の遊びはそれよりも遥かに大事。遊びの中で様々な発見や気付きを得て、挑戦して成功すること、失敗すること、そしてそこから生まれる感情を味わうこと。これら全てが、好奇心や行動力に繋がってくるはずです。

それでは中学生以上になると手遅れなのかというと、そんなことはないと思います。心を開くのに年齢制限はありません。開かれた世界に目を向けて、今生きている世界を全身全霊で感じること。それはいつからでも始められます。受験生で自由な時間が少なくても、本や動画を通じてそこに目を向けることはできます。

窮屈な社会や人間関係の中から、自分の魂を解放してください。主体的な学びと行動はそこから生まれます。

令和八年 こどもの日